『うつ病の人の言う「死にたい」は「生きたい」ということ』とはどういうこと?
先日Twitterでの投稿に、以下のようなリプライをしまして。
死にたいくらいの精神状態になったときに自殺に要するエネルギーも奪ってなんとか生きようとするのがうつ病なのかも?って思うこともあります。
死にたいくらいの精神状態になったときに自殺に要するエネルギーも奪ってなんとか生きようとするのがうつ病なのかも?って思うこともあります。
「病気」って、体のどこかが不調をきたしたりダメージを受けている状態で、それを自分に知らせ治療を促すようにするために「痛み」や「苦しみ」などの不快な感覚を与えてるんじゃないでしょうか。 その「不快な感覚」を取り除くため、人であったり動物であったり生き物はなにかしらの「治療」という行為・行動をとろうとするのが、生物の本能なのかなあとも考えます。もし病気になった時の感覚が「快感」だったら、その感覚を取り除こうとは思わずむしろずっと快感でいたいと思うわけで、そうしたら病気はさらに悪くなってきっと最悪死んじゃいますよね。
うつ病という病気が「死にたい」という感情を引き起こす場合もあると思いますが、逆に「死にたい」という感情にならざるをえない状況(職場環境の過剰なストレスやそれによる精神疲弊状態)が、うつ病という病気を引き起こしているというのも多いんじゃないか?って思うんです。 そういった希死念慮とうつ状態のお互いがお互いの状態を引き起こす相互作用によってさらに反芻思考や悪循環が発生してうつ病のどん底までおちていってしまうということになるのでしょう。 つまり、うつ病になるということは「死にたいと思うくらいの精神状態・心の病気に誘発される『死』というリスクから回避しようとする反応」というややこしい表現になってしまいますが、それを簡潔に言ってしまうと「うつ病は生きようとする病気」といえなくもない。 なので「死にたい」→「うつ病」=「生きたい」という論法なのかもしれないですね。 ただ、そうだとしても、その理論をすっとばして「うつ病の人の言う「死にたい」は「生きたい」ということ」とカンタンに言ってしまっても、うつ病真っ只中の当事者としては思考力も下がってますし逆に感情を逆なでするようなことにもなりかねないとおもいます。うつ病の人の言う「死にたい」は、やっぱり「死にたい」ということです
うつ病という病気をみれば、先の理論のように「うつ病は生きたいと願う病気」と理屈で言えなくはないと、ここではそうしておきます。まあ、異論反論はあって当然だと思いますし、自分で書いといてなんですが釈然としない感情もちょっとあるし。
ただ、うつ病という病気がそうだとしても、うつ病の人が「死にたい」と言ったからといって、周囲の人が「それは『生きたい』ってことだから、本当に死ぬことはないよ」なーんて考えてしまうのはとっても危険です。危険です!うつ病の人だって「死にたい」と思えば、自殺します。
厚生労働省の調査によると、平成27年の自殺原因が「健康問題」の人が12145人、そのうち「うつ病」が原因の人が5080人となっています。 平成27年の自殺者総数は24025人なので、自殺者のうちおよそ21%の人がうつ病を患い自殺しているのです。 実際自殺を決行された方も多数いらっしゃるのだから、「うつ病だからといって死ぬことはない」なんてことは言えないし、うつ病という病気が自殺にブレーキをかけるのかというとそういうことではないです。他の自殺原因だったとしても、自殺直前はうつ症状があったりするもんだとも考えられますし、先日お笑い芸人トリオ・ネプチューンの名倉潤さんがうつ病の療養のため活動休止されましたが、その原因が椎間板ヘルニア手術後の痛みによるストレスが要因だそうで、他の病気や怪我が原因でうつ病を併発することもあるということを知りました。
なので、自殺の原因の一つにうつ病やうつ症状というのはなにかしら関与してしまうのではないの?って考えられなくもない。 また、口癖のように「死にたい、死にたい」と呟いてしまうようになってしまうので、それが自己暗示のようになり、死にたいという感情がどんどん膨らんでいくのも実体験で実感しています。 なので、『うつ病の人の言う「死にたい」は「生きたい」ということ』ということばをそのまんま信じて「どうせ死なないんだろー?はっはっは」とか余裕ぶっかましたりしないでください。 死ぬときは死にます、マジで。 だからご家族や身内、親しい間柄の人は、うつ病の人を「自殺するかもしれない」と思って見守ってやって下さい。